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| |白須賀マップ|白須賀宿に残る昔話|白須賀出身の偉人たち|見どころ| |
| ●見どころ |
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1−お稲荷様
火鎮(ほずめ)神社の拝殿から参道を東へ40メートルほど行くと、稲荷山という孟宗竹の林の中に、小さな境内があります。朱色の鳥居をくぐり、石段を登ると、そこには間口1.5メートル、奥行き1.8メートルほどの総檜、瓦葺きのお社があり、お稲荷様がまつられています。かつてこの地域では、漁をして生計を立てている人が多かったので、大漁祈願のために三浦半島の葉山のお社までご神体を受けに行き、おまつりするようになったと言い伝えられています。 |
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2−一里塚跡
一里塚は、徳川家康が最初に手掛けた東海道の整備事業のひとつ。江戸日本橋から1里(約4キロメートル)ごとに京都の三条大橋まで造られました。
このあたりでは、一里塚のことを一里山と呼んでおり、石碑にも「一里山旧址」と彫られています。 |
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3−潮見観音像
山上から遠州灘の大海の潮を見るということからこの名で呼ばれています。
また、海上安全を願う漁民の習わしとして、遠州灘を行き交う船は必ず帆を下げて観音様の名前を念じて通り過ぎることとされていたので、またの名を「帆下げ観音」とも呼ばれました。 |
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4−坂下のおらんとう様
墓地のことを卵塔場というところから「おらんとう様」という名が付けられています。
墓碑は15基あり、中央にはひときわ立派な石塔が建っています。最も古い墓碑には万治3年(1660年)の年代が見られ、そのほかの墓碑にも寛文や元禄の年代が見えます。
この墓地は、白須賀宿がまだ坂下にあったころ、宿のためにいろいろと骨をおった人たちの墓であろうと言われています。 |
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5−うないの松
旧東海道潮見坂の中ほどに、蔵法寺へつながる小道があります。この小道を50メートルほど行ったところに「うないの松」といわれた大松の切り株と、この松をよんだ久内和光の歌碑があります。
「うない」とは、うなじのことで、松があった位置が潮見坂の首にあたるところから名付けられました。 |
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6−点燈(当)山
昔、廻船のための灯台があったことから、この名で呼ばれています。標高は70mほどですが南と東西の傾斜はきつく、昔は、頂上から遠州灘が一望できる眺望絶景の地であったようです。
また曳馬城の外城である白須賀城がここにあったと言われています。 |
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7−潮見坂
潮見坂は、街道一の景勝地として数々の紀行文などにその風景が記されています。西国から江戸への道程では、初めて太平洋や富士山の見える場所として、旅人の詩情をくすぐった地です。安藤広重も、この絶景には関心を抱いたようで、遠州灘を背景に、その一帯の風景を忠実に描いています。 |
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8−おんやど白須賀
白須賀宿の歴史文化に関する知識を広めるとともに、散策する人々の交流休憩ホールとして、新たな文化、交流の発信拠点として活用されています。
展示概要
- 宝永四年に宿を襲った津波の記録
- 白須賀宿の文化人
- 和紙人形による汐見坂風景の再現
- 白須賀宿昔語り
- 企画展示 他
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9−潮見坂公園跡
明治天皇が江戸へ行幸する途中に休まれた潮見坂上は、かつて織田信長が武田勝頼を滅ぼして尾張に帰るとき、徳川家康が茶亭を新築して信長をもてなしたところでもあります。大正13年4月、町民の勤労奉仕によりこの場所に公園が造られ、明治天皇御聖跡の碑が建てられました。
現在は、公園敷地跡に中学校が建てられていますが、明治天皇御聖跡の碑は残されています。 |
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10−潮見坂上の石碑群
明治天皇が明治元年10月1日に潮見坂上で休憩されたのを記念に建てられた明治天皇御聖跡碑をはじめ、夏目甕麿、加納諸平、藤屋五平、義僕平八郎の顕彰碑や元白須賀町長の山本庄次郎、医師で地域の文化振興に尽くした石川榮五郎の碑、そして忠魂碑があります。 |
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11−十王堂
蔵法寺の管理下にあり、創建は不明。宿場所替えの宝永5年(1708年)にほかの諸寺とともに元宿から移転したと伝えられています。お堂には、この地方には珍しく鐘楼(しょうろう)・梵鐘(ぼんしょう)もあって、旧盆の期間を通じて鐘の音が白須賀のまちに響きわたります。無住となって数十年がたちます。 |
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12−本陣・脇本陣跡
白須賀宿には、本陣が1軒、脇本陣が1軒ありました。
本陣は、大名や身分の高い人が宿泊した施設です。白須賀宿の本陣職は大村庄左衛門で、本陣の規模も建坪が183坪、畳敷231畳、板敷51畳と大きなものでした。
脇本陣は、副本陣ともいうべき性質のもので、大名の家来などが宿泊した施設です。 |
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13−火防樹
旧道の両側に生い茂る大きな槇の木が目に入ります。これは火防樹と呼ばれ、火事の延焼を食い止めるために植えられたものです。白須賀宿の民家は軒が連なり、延焼しやすい町並みでした。
昔はどこの宿場にでもありましたが、静岡県内で残っているのはここだけです。 |
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14−庚申堂(こうしんどう)
天和元年(1681年)に立山長老に建てられましたが、現在の建物は天保12年(1841年)に再建されたものです。この地方にある庚申堂の中では最も大きく、堂々たる鬼瓦が目を引きます。見ざる、聞かざる、言わざるの3匹の猿の陶像があります。 |
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15−地場産品ふれあい施設「潮見峠」
海の見える農業公園「緑とふれあいの里」のシンボル的な拠点として造られた「潮見峠」は、湖西市の特産品の販売はもちろんのこと、自然のままのおいしさを大切にした味づくり、地域農産品や地元観光情報の発信などの基地としての機能も持っています。 |
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